仲間のプレッシャー

あなたが社会に所属する間中、

数々のプレッシャーが迫ります。


中でも断りにくく、大きなプレッシャーとなるのが、

仲間のプレッシャーです。


例1、Aの高校時代

ある男性Aの高校時代のことです。

彼の仲間達は、自転車泥棒や万引き等を日常とし、

昨日はどこでどんな物を調達したかを、

自慢げに話し合う仲でした。


Aも仲間に合わせて同じことをしなければなりませんが、

彼はそれが苦痛でした。


Aには夢があり、叶える為には勉強をして、

大学へ受からなければならないのです。

一緒になって悪さをしている場合ではありません。

しかし、仲間を更生させる力もありません。


なにより、仲間から外れる勇気がありませんでした。


そうして言われるがままに行動し、

遂に補導を受けてしまったのです。


Aは希望の大学を落ちました。

現在は社会人としてがんばってはおりますが、

未だに高校時代を悔やんでいます。


例2、Bの社会生活

Bは有名企業に勤める社会人でした。

仲間達は皆有名大学出身者で、

価値観が高く話題も豊富。

良い仲間達でしたが、遊びも非常に華やかでした。


休み毎の海外旅行。

土日はゴルフやクルージングといった遊びです。


Bは大学時代に奨学金を受け、

それを返さなければならない立場でした。

しかし、仲間の誘いを断るわけにもいきません。


誘われるままに海外旅行へ行き、

仲間と共にブランド物を購入し、

他の仲間の為にお土産を買って渡しました。


土日にはゴルフに興じていましたが、

ある日、「朝のゴルフは気持ちいいよ」と誘われました。


会社は田舎だったので、ゴルフ場が近かったのですが、

そこで朝5時からゴルフに興じ、

9時には出社して働くという生活を始めたのです。


仲間たちと一緒になって楽しみ、

笑って過ごしてはいましたが、

次第に仕事中うたた寝を始めるようになります。


仕事に集中できず、残業が当たり前となりました。


そんなある日、

会社は、海外で問題を起こして多額の賠償金を請求されて、

日本の支社は次々に閉鎖されることになったのです。


選び抜かれた優秀な人材だけで構成された有名企業が、

このような失敗をするなど誰が予想したでしょうか。


Bは運良く再就職先をすぐに見つけることができましたが、

身に着いた遊びクセ、贅沢な生活が抜けないと、

冗談混じりに話します。


仲間のプレッシャーは、良くも悪くも、

あなたの肩にのしかかります。


それがあなたにとってベストな方向に進んでいるのか、

ベストな結果をもたらすのか、そうではないのか。


そうでない時、断る勇気を持つことが、

あなたの人生をより良い方向へ動かし、

同時に周りの環境を、より良い方向へ動かすことに

なるのかもしれません。


中藤里美

PS.
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9 thoughts on “仲間のプレッシャー

  1. 仲間の間で、個性を尊重しあえることは、そのグループをより高みへと導く土台となります。
    この環境を作り出すことが、グループのトップに求められることでもあります。
    そして、トップは、この難しい仲間選びを実行していかなければなりません。
    きっと、どんなに小さなグループの場合でも、この作用が適用されるのでしょうね。

  2. 今自分が持っている物でベストを狙う。
    その時にじゃないと出来ない事もあるが、過去と実績は変わらない。

  3. 断る勇気は必要です。私も高校時代一年生の秋ごろから同級生との麻雀に夢中になりました。土曜日は学校が終わった昼から夕方まで、深夜親が寝た後から早朝まで、日曜日の昼ごろから夕食時間まで。当時は土曜日は半日授業だったので、二年生の終わりまで試験期間を除いて毎週の日課でした(笑)。三年生になってこのままじゃいけない、勉強に本腰を入れないとと思い勇気をもってやめる宣言をしました。私にとってラッキーだったのは、その時の麻雀仲間が6、7人いてその中の3人が同じ思いを持っていたことです。それと当時厳しかった父親の顔が常に頭の中に浮かんできたこと。結局3人は時同じにして麻雀を止め、受験勉強に向かいました。あの時麻雀を続けていたらと考えると、ゾッとする反面どういう人生だったんだろうと考えると、今ある自分を作るものはその時その時の目標に対する決断だと思います。

  4. 難しい選択だと思いますが、身分相応、自己自覚が大事なんだと思います。
    こういうのって本能的なのかも知れませんが、自然とそういう関係の友達
    とのつながりにしているのだと思います。事例は極端なんだと思いますが
    勇気が必要です。それは自分に正義感があれば自然と選択をして
    良い方向へ進んでいくんだと信じてます。人間悪いやつもいますが必ず良心は
    もっていて、断りに対しても良い方向へ転じるものだと思います。
    人は信じたい。でもミスはする。でも許す。マ田カの勇気。逃げるが勝ちです。

  5. 仲間(悪友)からの誘いにどう断るか?

    コミュニケーション能力も必要になるでしょうが、

    自分の目的とか夢を明確にして、それを仲間に語るのも、ひとつの方法なのかな?とか

    思いました。

    あいつには、目的があるんだからということで、悪い誘いはしなくなるかも知れないし・・・

    無碍に断ろうとしても、逆に嫌がらせみたいなものを受けるようになってしまうかも知れません!

    己の勇気ある行動と目的達成の為の実践の中に答えがあるように思えます。

    会社での仲間からの呑みへの誘いも、その一つでしょう!

    時間管理にも考慮すべき事柄ですね!

    付き合いも、ほどほどに!

    誰と付き合うかも大事ですね

  6. そういえば、昔、ネタで「友達いないんだよね~」とよく言っていたのを思い出しましたが、今は友達と会ってないし連絡もしなくなりましたね。
    まさに友達がいなくなったわけです!

    言葉ってすごいなと改めて思いました。

  7. 名門私立大学などへ行くと恵まれた家庭の出身者が多くお金の使い方が派手な人も多いし、
    また一流企業でもそういった人がいて高学歴であってもあまりお金もないのにそういう人に合わせて何時まで経っても資産形成できないバカがいます。実は自分の母がそうです。父も
    平均よりは社会的地位は高く年収も並みより上で両親ともに人脈はかなりのものを持っていて
    ます。母の買い物好きは半端なく、今でもテレビショッピングを見るのが日課で最新のファッションの流行を見てじゃんじゃん買いまくるし、宝石などにはまると父の収入がいくらあろうが軽く吹っ飛びます。3流企業に勤めている自分が実家の修繕費などで多額の出費もさせられますが、父にバカにされた時には「俺から金を借りてる癖に大きな顔をするな!」と怒鳴って
    しまったこともあります。資産家がお金を使って高額なものを身につけるのはいいけれども
    そういう友人がいるからと言って自分まで同じように高い買い物を何故するのだろう。
    「友達に合わせないと仲間でいられない」というが本当にそうだろうか?「私はそれほどお金を使ってはいない。友達のAさんはもっと使ってる!」というがAさんの金融資産はうちとは
    3桁違うのだ。少なくとも200倍は持ってるから母が100万使うとしたら2億使って
    いい単純計算だからAさんが10倍使ってもAさんがお金を浪費してるというより母の方が
    お金を使っていることになる。その比率で考えられないのがおかしい。自分は資産家のお嬢さんなどデートに誘っても安い服を着てようが安い店に案内しようが全然平気だけど他の男は無理して高級なところで散財していてなおかつ女性からの評価が低い。背のびしても自分のふところが潤うことはないのだから全く意味はない。元々資産家の娘では自分と似つかわしくないから本気で落とす気はなく、俺みたいな人間もいるよということでその人の社会勉強になれば
    いいかなという感じと自分も資産家の人を知っておくのもいいだろうくらいののりでいるのだけれどそういうお嬢さんからの自分の評価は高く本気で付き合ったり結婚したがる人が多い。
    お金の使い方まで相手に合わせて付き合う必要なんてない。自分はお金はないけど彼らが知らないことを教えてあげたりお互いにプラスになる面があればそれでいいのに。
    本当は相場張ってるので安ものに身を包んで高級なものは身につけてないけど金は普通の人よりは持っている。会社の上司よりは多分2桁は多いだろうし、上司が見栄を張って乗ってる外車も現金で買える。資産家のお嬢さんは結構頭と勘がいいようで「本当は持ってるんでしょう」と見抜いている。要は何も高級品に身を包まずとも相手の参考になるような何か別のメリットがあればそういう階層の人もバカじゃないから付き合えるということ。食事のマナーや服装は高級でなくても清潔であまりひどいセンスでなければ別に問題はないからやたら所得を超えた金を使う必要はない。そういうことは1流大卒でもわからないしできない人が多い。

  8.  ABの気持ちは良くわかります。断ると仲間ではなくなる恐怖が、自分の中で断ることを拒みます。仲間というのは理解しあってこそ仲間。断ることも必要です。しかし、現実はそうは上手くいきません。共に行動しない仲間などあり得ません。共有してこそ仲間とも言えます。ということは、「上手く着地点を見つける」ということです。
     Aであれば犯罪まがいなことだけしなければいいでしょう。その仲間もそれだけで生きているわけではないでしょう。もし、それがなければ仲間に入れないというのであれば、それは勇気をもってそこから抜け出すべきです。その状況であれば、そこから得られるものは少ないでしょう。デメリットの方が圧倒的に多いと思います。
     Bに関しては、ゴルフや海外旅行などはたまに付き合えばいいでしょう。それ自体は楽しいことです。が、頻繁になると体も疲れますし、金銭的にもきつくなってきます。その「たまに」でもダメなら、良き仲間にはなれません。奨学金は人それぞれある人とない人もいます。どう返済するかも人それぞれです。それを理解できず優秀とは言えないと思いますが・・・。
     仲間と言ってもいろんな人がいるため、全員とあらゆる部分で気が合うことなどありえません。ですので、たまには無理して付き合うことも必要だと思います。それが相手を理解することにもなりますし、そうすれば相手も自分を理解してくれると思います。しかし、過度な付き合いは関係を疲弊させるだけです。できるだけ『自分』として接することが、逆に仲間を裏切らずに済みます。AもBも苦痛なことを嫌とも言わず付き合っていた時点で、仲間を裏切っていたのだと思います。こう考えると、AやBが悪い(その仲間に対しても)のではないでしょうか?
     私は絶対嫌なことは言いつつ、好きでなくてもそこまでの負荷にならないことは付き合います。そうやって、様々な仲間ができました。すでに5~6のグループがあります。どれも全く無理していないわけではないですが、しんどくなるほどは無理してません。むしろ楽しさが勝っています。だからこそ大型連休は大忙しですが、すべての仲間と上手く付き合えていると思います。どれも違った楽しさがあって充実しています。

  9. 人間は環境の動物であると会社を辞めていかれた先輩方が言われてました。
    私は新人時代でわからない部分が多かったのですが、今なんとなくわかる気がします。
    本当に癖というものがついてしまうので、和して同せず。というスタンスで
    自分の軸をぶらさずに取り組んでいきたいと思います。

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