時代の流れと対応の変化

最近の大学入試は

「推薦入試」が一般的です。
その推薦入試も様々な種類があるのですが、
普通の「テスト」と呼ばれるものがない
場合が多くあります。

要するに、書類やら面接やらだけで
大学の門をくぐることが許されるのです。

そして長年心配され続けている
学力低下の問題がありますが、
大学側も、きちんと対策を立てています。

大学側の対策

推薦入試で入学した生徒に
段ボールいっぱいの教材セットを送りつけ、
「期限内に提出するように」
との膨大な課題を出すのです。

そこで、身近な先生の出番になります。

先日は、
「基礎化学」と名のついた提出物を手に
「わからない」と助けを求めに来た生徒がいました。

彼女は応用生物学科の中でも、化学系に進む予定です。
その彼女がわからないと訴えた内容。

イオン結合ってなに?
価電子ってなに?

あれこれ説明する間に、私は気付きました。
彼女は、「周期表」の存在やその見方を知らない…
いえ、きれいに忘れているようでした。
(※私は普段彼女には、生物学を教えています)

そして最後に彼女はこう言いました。
「もう、先生全部やって~」

学校の名誉の為に言っておきますが、
学校は彼女に化学のカリキュラムを
取らせなかったわけではありません。

彼女はカリキュラムをつつがなくこなし、
あらゆる化学の知識について、
「知らない」のではなく
「忘れている」だけなのです。

知らないのではない

しかし、永久に忘れていてよいと
分別された知識だったらしく、
彼女の頭の引き出しから、
それらが取り出される様子はありませんでした。

応用生物学ならば、
次のような式は今後普通に出てくるはずです。

susiki

図グルコースの還元性
(出典:「[化学]ⅠB・Ⅱの新研究」三省堂)

しかし、CやOや、そこにつく2などの数字が
なにを示すのかすらわかっていない彼女が、
この先どうやってこれらの式を理解していくのか、
大変心配になりました。

これは対岸の火事ではない

彼らはいずれあなたの職場に来るのです。

その子たちがあなたの職場に新人としてやってきたとき、
どのような対策を取るのかを、
考えて行かなければなりません。

時代が変わり、人が変わり、対応が変わる

時代が流れ、その姿を変えて行くに従って、
そこに住む人の姿も変わって行きます。

価値観、行動、判断が変わる中で、
それら新しいものに常に適正な対応を
していく必要があるのです。

大学が、書類や面接で
正式に「選び出した」生徒達を、
ただ満面の笑みで迎え入れるだかえでなく、

段ボールいっぱいの教材課題を送りつける対応を編み出したように。

中藤 里美

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4 thoughts on “時代の流れと対応の変化

  1. 約5年前まで、学生の時考えていた「勉強」というものは、学生が終わればしなくてすむ!と、認識していました。
    笑っちゃいますよね。確かに、今から思えば、学んでいなかったわけではありません。でも、学生の頃のように、数式や漢字などをテストの点をとるために学ぶというやり方はではありませんでした。
    だから、勉強ではないと無意識に思っていたのでしょう。
    でも、今になれば、学生の頃の勉強は、学生を終了してから実践するための知識の習得でしかないと思います。たとえ、今の常識の学生時代が終わっても、また、学生になってもいいわけですからね。
    大学入学のために、その前の段階の学生をするわけです。そして、段階を上げるために、必ずテストをし、それに合格したから上に上がれているわけですよね。なのに、テスト結果はその時出しても、その結果が自分のものになっていない。
    このことから、テスト結果は、その時の実力を数値にしたものにすぎない、ということ。
    その結果を維持し続ける人もいれば、テストの点数だけとり忘れてしまう人もいるわけです。
    社会人になれば、勉強だけできるわけではありません。実務をこなしながら学ばなければなりません。なら、学生時代にもある程度の訓練(学びと実地の)が必要というわけですね!これが、例えば、部活動との両立だったりする。でも、この部活動もこのご時世で従来の部活動にしかはいることはできない、ようです。起業のような「起部」のシステムがあってもいいはずですよね。ですが、現状、先生達は動き辛い環境におられる。なら、部活をやめ、帰宅部になり、独自で起部するしかないですよね!とはいえ、風当たりは厳しい。帰宅部は不利なのです。せめて、届けをすれば部活動をしているという評価なみの点数をつけてほしいものです。私の息子は、今、帰宅部。理科部を作れずに。そして、中2からは、私の代理としてまちづくりの打合せに参加することになりました。小1の娘の見守りと世話が必要なため、夜の打合せには出席しにくい私をサポートする一方で、この際、実地訓練の場とすることになりました。少々心配ですが息子は乗り気です。この22日には広島まで私の代行をしてきます。
    この息子が大学入試をする頃は、どうなっているでしょうね?今のところ勉学でも鍛え中です(笑)

  2. 大学3年の子供(子どもと言って良い?)が居ます。推薦でやはり、大量のレポート提出があり、びっくりしました。
    授業に出席していても、テストで良い点を取って居ても、本人の意識の中に「社会には必要ない」「この科目は将来役に立たない」そんな考えがあると、一度覚えた事でも消去状態になると思います。昨年、初めてパソコン講習に参加しました。特に、年齢のせいもあり自分の中で固く扉を閉じている自分を再認識しました。「絶対無理、出来ない」「失敗して笑われたら恥ずかしい」幾つもの扉に鍵をかけていました。大学は、自分が授業料を払って学ぶ。社会は、授業料(給料)をいただいて学ぶ。子供には、思い切りアルバイトをさせています。社会勉強の為。今の時代は即戦力だと思います。そして、一番は、いつまでも、子供扱いしない事だと思います。武士の時代、元服が有ったように、一定の年齢で社会人としての責任を負うことも大事だと思います。20歳では、遅すぎる感じがします。

  3. 高学歴だからさぞできるだろうと期待すると失望する結果が待っているかもしれません。
    職人の世界でよくあったように、飲食業の調理場でもスポーツでもうまい人の技術を目でみて
    盗み自分のものとするような職人的なプロ根性みたいなものは備わってない場合が多い。
    でも持って行き方ですね。人によっていい対処や仕方は違うけれども若い世代はうまく誘導してあげれば基本は素直な子が多いからそれなりに育ちますよ。甘過ぎるのもいけないけれども
    ある程度よくなったりいい面があれば褒めて乗せることもしなければなかなか育ちません。
    教える側も世代が変わったら職人世界のようなものは求めずにある程度教えてあげないとダメなこともあります。その時代に適応するように指導する側も考えて育ててあげて欲しいものです。いらっとしてはダメです。叱ってもいいから「可愛い」と思うハートを持って育ててやって欲しいものです。偉そうなことを書きましたが私の場合、女の子を叱ったらトイレに駆け込んで泣いてしまったこともありますが結果としてよく育ちました。激しく叱ってしまったけれど根底に愛情があれば自分の場合は100%伸ばす自信があります。

  4. 子供の話を聞くと教師の中に既にそういう人がいるみたいです。そういう教師に教わる生徒達。どんな大人になるのでしょう?怖い世の中になったなあと思っています。

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