“幸せ”の正体

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「幸せとは、習慣である」

FROM 飯村匡博

幸せになる。
幸せになりたい。
Be Happy

なんて言葉があるように、
幸せとは「なる」ものという
イメージがあるかと思います。

では、どういう状態に
“なれば”幸せなのでしょう?

 

・地位を得る
・有名になる
・広い家に住む
・お金持ちになる
・友達がたくさんいる
・何かで一番になる
・いい車に乗る
・海外に別荘を持つ
・きれいになる
・かっこよくなる
・最強になる

 

などなど、いろいろと考えられるかと思います。
確かに、どれもなってみたいですねw

が、その状態になれば、
いつでも幸せなのでしょうか?

 

地位を得ても、日々プレッシャーにさらされて、
精神的にキツい毎日を過ごす人もいるし、
有名になったために、プライベートが侵されてしまったり、
広い家やいい車に乗ったために、維持費が大変だったりと、
その状態が=(イコール)幸せとは必ずしも、
結びつかない場合もあります。

幸せって、、

「なる」もんじゃなくて、「感じる」ものですよね。

「あ~、幸せ~♪」って。

 

同じ出来事でも、幸せを感じられる人がいれば、
全然、幸せを感じられない人がいます。

どんな小さな出来事からでも、
「幸せ♪」って思える、
そんな考え方ができるかどうかって、
普段からの心の持ち様ですよね。

 

“考える習慣”と言えばわかりやすいかもしれません。
どんな時、状況でもそれを楽しむという考え方をすれば、
いつでも楽しい気もち(幸せな感情)になれるわけです。

それが日常的な習慣になれば、
人生のほとんどの時間を”幸せな気もち”で
過ごすことができるんですよ。

 

「習慣」にまでなるためには、
まず決心をし、
はじめは意識してやる必要があります。

ですが、それを続けていれば、
そのうちに習慣となって、
無意識にできるようになります。

何も考えずにただ感情に任せて生活していけば、
小さな障害や不満などに対して、
憤慨や、いらだちをもって
反応してしまいますよね。

 

それは、そのように
“反応する習慣”になっているわけです。

どんな小さな出来事からでも、
幸せを感じる練習をして、
幸せの習慣をつけておくと、
これからの人生も幸せに
暮らすことができますね☆

「幸せとは、習慣である」

僕にとって、
とても影響を与えてくれた言葉です。

 

ー飯村匡博

 

 

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One thought on ““幸せ”の正体

  1. いつも みなさんの お言葉に 感謝いたします

    私は  末日聖徒イエス・キリスト教会の 会員です

    飯村 匡博 兄弟 の おっしゃっている 通りですよねー

    福音の世界にいながら その世界に 浸れない人が いらっしゃいます が

    受け入れる 取り入れる 素直さを 学んでいるのにと 思うと うぅ〜ん です

    御社の 皆様方の上に  日々の  安全 健康が   授かれますように

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